ラオ・リゾート・スピリットのフロントは、移築されたラオスの古民家の2階。
サンダルを脱いで上る木の階段が素足に心地いい。
あ、ここは、とてもいい。確信のようなものが広がった。
テラスに、小さなデスクと、
いくつかの椅子を置いただけのフロント&ロビーは
今まで訪れたどのホテルより心地いい。
出迎えてくれたのはドイツ人のマリオと、ラオス人のヴィッターナさん。
まるで友人のコテージを訪れたような、フレンドリーな歓迎を受ける。
私が野鳥や野生動物好きな事を知ると、
奥から自分のノートパソコンを出してきて、周辺の生き物写真をいろいろ見せてくれる。
今まで4日間、本当に事務的な話しかしていないので、なんだかとてもうれしかった。
シーズンオフのためか、今夜のお客は私一人。
5件あるバンガローの一つに案内される。
広く清潔な部屋。谷に望むテラス。そして、何より気に入ったのは、真っ青なタイルを貼った、屋外のシャワールーム。
ジャングルに満ちる、ざわざわとした気配や、怪しげな鳴き声の中で浴びる
冷たいシャワーは至福の時間をもたらしてくれた。
(この時は、シャワーのヒーターを付ける方法をまだ知らなかったんだけど)
2010年6月7日月曜日
2010年6月6日日曜日
ベトナム&ラオス旅行10 ルアンパバーンへ。覚悟決めました。
小さなラオス航空機は雲の中を
ガタガタガタガタ・・・・
入国カードを書き込むのも一苦労だ。
雲の下に、まばらな灯りがぽつぽつと見えてきた。
灯りには、その街の暮らしを感じさせる体温のようなものがある。
ポツポツと見える白熱電球の灯りには、
何となく人々の暮らしのぬくもりのようなものが感じられるし、
水銀灯や、蛍光灯の白々とした灯りには、
街の活力のようなものを感じる。
街灯が描き出す、道路のシルエットにも、その街の成り立ちが見えてくる。
ルアンパバーンの空港はかなり薄暗い。
乗ってきた欧米人のほとんどは、入国ビザのカウンターに並んでしまったので、
荷物を受け取り、外に出てきた人はほんのわずか。
もう外は真っ暗だ。
ロビーの外には、私の名前を書いたホワイトボードを持った
ホテルの迎えの人が立っていた。
ほっと一安心。
が、安心するのは早かった。
このドライバーさん、ハローのひとことすら
英語を話せない。
ちょっと恥ずかしそうにしているだけで、
ほとんど無表情。
お客は私一人。
車は、空港からルアンパバーンの街へ。
そして、そこから、どんどん山の中へ入っていく。
人家なし。何にもナシ。
どんどん、どんどん、どんどん、どんどん!
何を話しかけても全然通じない。
あたりは完全なジャングル。道路はガタガタ。
そして、道はどんどん細くなる。
ああ、もしかしたら、私はこのままどこかに・・・
息子やワンコに悪いな。
でも、私はもうほんとにやりたいことやったし、
楽しいこといっぱいだったし、思い残すこともないし・・・
など、思い始めたのが走り出して20分ぐらい。
そこからさらに20分。
フロントガラスの向こうに灯りが見えて、
そこから
「ハロー〜」と白人が出てきたときには、
母国で母国語に会ったようにほっとした。
ルアンパバーンの空港ビル。これですべて。
ガタガタガタガタ・・・・
入国カードを書き込むのも一苦労だ。
雲の下に、まばらな灯りがぽつぽつと見えてきた。
灯りには、その街の暮らしを感じさせる体温のようなものがある。
ポツポツと見える白熱電球の灯りには、
何となく人々の暮らしのぬくもりのようなものが感じられるし、
水銀灯や、蛍光灯の白々とした灯りには、
街の活力のようなものを感じる。
街灯が描き出す、道路のシルエットにも、その街の成り立ちが見えてくる。
ルアンパバーンの空港はかなり薄暗い。
乗ってきた欧米人のほとんどは、入国ビザのカウンターに並んでしまったので、
荷物を受け取り、外に出てきた人はほんのわずか。
もう外は真っ暗だ。
ロビーの外には、私の名前を書いたホワイトボードを持った
ホテルの迎えの人が立っていた。
ほっと一安心。
が、安心するのは早かった。
このドライバーさん、ハローのひとことすら
英語を話せない。
ちょっと恥ずかしそうにしているだけで、
ほとんど無表情。
お客は私一人。
車は、空港からルアンパバーンの街へ。
そして、そこから、どんどん山の中へ入っていく。
人家なし。何にもナシ。
どんどん、どんどん、どんどん、どんどん!
何を話しかけても全然通じない。
あたりは完全なジャングル。道路はガタガタ。
そして、道はどんどん細くなる。
ああ、もしかしたら、私はこのままどこかに・・・
息子やワンコに悪いな。
でも、私はもうほんとにやりたいことやったし、
楽しいこといっぱいだったし、思い残すこともないし・・・
など、思い始めたのが走り出して20分ぐらい。
そこからさらに20分。
フロントガラスの向こうに灯りが見えて、
そこから
「ハロー〜」と白人が出てきたときには、
母国で母国語に会ったようにほっとした。
ルアンパバーンの空港ビル。これですべて。
ベトナム& ラオス旅行9 ダナン→ルアンパバーン
旅行4日目。ベトナムホイアンから、ラオスのルアンパバーンへ向かう。
海辺のホテルからタクシーでダナン空港へ。
ダナン空港のローカルな食堂で軽くお昼。
メニューにはいろいろ書いてあるのだが、結局今食べられるのは
インスタントフォーのみ。
→すぐにフタ代わりにお皿をかぶせて
出てきた。

ライムとチリとレンゲ付き。
さりげなく可愛い。
魚肉ソーセージ風のトッピング付き。
味は・・・・やっぱりインスタントでした。
コーヒーを頼むと
「ブラック or ホワイト?」
と、聞かれる。
ブラックはわかるけど、ホワイトって?
説明するのもめんどくさそうにしてるので試してみたら、
コンデンスミルクをたっぷり入れたグラスにベトナムコーヒーを注いだ
極甘タイプだった。
ハノイからは、ラオス航空でルアンパバーンと向かう。
ここで、お客さんの層ががらっと変わる。
ほとんどが欧米人。中国人がグッと少なくなる。
機体は小さなプロペラ機。
こういう感じ、好きです!
いよいよラオスへ。
期待は一気にたかまった。
海辺のホテルからタクシーでダナン空港へ。
ダナン空港のローカルな食堂で軽くお昼。
メニューにはいろいろ書いてあるのだが、結局今食べられるのは
インスタントフォーのみ。
→すぐにフタ代わりにお皿をかぶせて
出てきた。
ライムとチリとレンゲ付き。
さりげなく可愛い。
魚肉ソーセージ風のトッピング付き。
味は・・・・やっぱりインスタントでした。
コーヒーを頼むと
「ブラック or ホワイト?」
と、聞かれる。
ブラックはわかるけど、ホワイトって?
説明するのもめんどくさそうにしてるので試してみたら、
コンデンスミルクをたっぷり入れたグラスにベトナムコーヒーを注いだ
極甘タイプだった。
ハノイからは、ラオス航空でルアンパバーンと向かう。
ここで、お客さんの層ががらっと変わる。
ほとんどが欧米人。中国人がグッと少なくなる。
こういう感じ、好きです!
いよいよラオスへ。
期待は一気にたかまった。
2010年6月5日土曜日
ベトナム& ラオス旅行8 ホテルの絵が不気味な件
ベトナム3日目。
実はこの部屋に入ったときから、壁に掛けられた絵が気になって仕方ない。素朴なタッチで描かれた昔の集落の絵なんだけど、妙な浮遊感というのか、
落ちつかなさを感じるのだ。部屋のどこにいても、この絵が気になる。
ふと、元客室乗務員の知人に聞いた話を思いだした。
「ホテルの部屋の雰囲気が怪しい、と思ったら部屋に飾ってある絵の裏を見るといいんですって。事件のあった部屋や、何かが出る、とウワサのある部屋の絵には、裏に何らかの<おフダ>が貼ってある。」
とのこと。うーん。
絵、そのものが怖い場合、どうしたらいい?
結局、絵を裏返してみる勇気は出ないまま、3泊を過ごしたんですけど。
2010年6月4日金曜日
ベトナム& ラオス旅行7 なぜか懐かしい、ホイアンの街
ホイアンは1999年、ユネスコの世界遺産にも登録された、古い街並みが残る懐かしさでいっぱいの街だ。
初めての異国なのに懐かしい、というのも変だけど、なぜか訪れる人皆に懐かしさを感じさせる不思議な街だ。
中でも、観光客なら必ず訪れるのが、来遠橋(日本橋)。
どうみても中国風に見えるが、1593年に、当時この街に住んでいた日本人たちによってかけられたとこうことになっている。
最盛期には1000人以上の日本人が住んでいたそうだ。郊外には日本人の墓も残っている。
もしも江戸幕府が鎖国政策を取らなかったとしたら、
日本は今頃どんな国になっていたのだろう。
街にはアメリカの映画に出てきそうなあれこれごちゃ混ぜ「アジア」の気分があふれてる。
銅鑼がなって、謎の東洋人がアチョーって飛び出してきそう。
家の造りは、ほとんどが京都の町屋のように細長く、奥に中庭や、井戸、台所が設けられている。
左下の写真は、一般に公開されている進記家の奥。200年前に建てられた、中国、広東省出身の漁師の家だそうで、今も普通に家族が暮らしているようだ。
道路沿いの部分は螺鈿の装飾が見事な格調高い家なのだが、
つい、舞台裏に目がいってしまい・・・。
昭和30年代、東北の農家や、商家の奥もこんな感じだったことを懐かしく思い出した。(快く写真を撮らせていただきありがとうございます。)
と、少々感傷に浸りつつ、暮れゆく街を眺めながら
「モーニング・グローリー」というしゃれたカフェ風のお店で
一人、ゆったりとした食事を楽しむ。ミント入り緑茶がとてもおいしかった。
今日はこれで予定終了。ホテルへのシャトルバスの発着場へと向かう。
初めての異国なのに懐かしい、というのも変だけど、なぜか訪れる人皆に懐かしさを感じさせる不思議な街だ。
中でも、観光客なら必ず訪れるのが、来遠橋(日本橋)。
どうみても中国風に見えるが、1593年に、当時この街に住んでいた日本人たちによってかけられたとこうことになっている。
最盛期には1000人以上の日本人が住んでいたそうだ。郊外には日本人の墓も残っている。
もしも江戸幕府が鎖国政策を取らなかったとしたら、
日本は今頃どんな国になっていたのだろう。
街にはアメリカの映画に出てきそうなあれこれごちゃ混ぜ「アジア」の気分があふれてる。
銅鑼がなって、謎の東洋人がアチョーって飛び出してきそう。
左下の写真は、一般に公開されている進記家の奥。200年前に建てられた、中国、広東省出身の漁師の家だそうで、今も普通に家族が暮らしているようだ。
道路沿いの部分は螺鈿の装飾が見事な格調高い家なのだが、
つい、舞台裏に目がいってしまい・・・。
昭和30年代、東北の農家や、商家の奥もこんな感じだったことを懐かしく思い出した。(快く写真を撮らせていただきありがとうございます。)
日本人の観光客には1組しか合わなかったが、とにかく中国の人が多い。
そのパワフルなこと、賑やかなこと。
この暑さに全くめげず、ストッキングにエレガントなドレス。でこぼこの道をハイヒールでがんがん歩いている。
数も多いけど、一人一人のパワーも日本人の2倍ぐらいづつありそう。若い人も多いし。
ちょうど、バブルの頃の日本人のような印象がある。
ベトナム人も日本と比べて圧倒的に若い人の比率が高い。
日本は、本当に高齢化しているし、パワーも下がっているのかも。
存在感が薄くなっているような・・
「モーニング・グローリー」というしゃれたカフェ風のお店で
一人、ゆったりとした食事を楽しむ。ミント入り緑茶がとてもおいしかった。
今日はこれで予定終了。ホテルへのシャトルバスの発着場へと向かう。
が、が・・・道路を渡れない!町外れの片道2車線ぐらいの道路が、通勤帰りのバイクでいっぱい。信号もなければ横断歩道もない。右車線も左車線もない。右からも左からも、うねるように次々バイクがやってくる。どうしたらいい? もうあたりは真っ暗で、ほとんど泣きそう。
5分以上立ち尽くしていただろうか。
見かねた近所の男性が、「シャルウィーダンス?」って言う感じに手を差し出して、一緒に渡ってくれた。堂々と渡れば、バイクが止まる。でも怖い! 本当にありがとうございました。ああ、かっこ悪かった・・・・
2010年6月3日木曜日
ベトナム& ラオス旅行6 ホイアン たくましい!ベトナムのお姉さん。
トゥポン川のほとり。
ベトナムで迎える最初の朝は、異国情緒たっぷりの野鳥の声で目覚める。
と、いう予定だったが、窓の外から聞こえてくるのは、おなじみスズメのおしゃべり。
もしや、ちょっとは珍しいスズメではと双眼鏡でチェックするが、どこから、どう見ても、日本で見るあのスズメだ。
レストランでビィッフェ式朝食。ほとんどお客さんがいない。
もう9時だから、みんな終わってどこかへ出かけてしまったのだろうか?
ホテルで作っているのだろうか。様々な種類が揃ったパンがおいしい。
特にバケット。エキゾチックなフルーツやチーズで、充実した朝ご飯だ。
(もちろん、ビッフェにはローカルフードや、ハム、ベーコン類、卵類もいっぱい)
部屋に戻って荷物を整理。さっそく、「プライベートビーチ」なるものに
行ってみよう。
あれ、ここにも誰もいない。
時々現地の人が珍しそうに寄ってくるだけ。
野鳥も、やっぱりスズメとツバメだけ。
部屋で一休み。
13時。
さて、いよいよ、シャトルバスでホイアンの街へ。
が、玄関前にはそれらしい車がいない。
あれあれ?
ボーイさんに聞いてみると、
次は13時です。と、腕時計を見せてくれる。
あれ、今11時だ!
iPhoneで時刻を、ベトナム時間に合わせたつもりが
なぜか戻ってしまい(その後もずっと)
私は、今朝からすべて2時前倒しで行動してたんだ。
どうりで、レストランもビーチもがらがらだ。
なんと、間抜けな・・・・・
で、仕切り直して、ほんとの13時。
シャトルバスで、ビーチから、ホイアンの街へと出かけた。
気温は35℃以上。湿度もすごい。歩くだけでもめまいがしてくる。
お腹もぺこぺこ。
まずは、ランチ。あ、あのお店は、ガイドブックに載っていた。
「名物カオ・ラウがおいしいと、地元でも評判の店。百数十年前の建物を改装した店で・・・」
もう、ほんとに昭和30年代、日本の田舎にあったような、ローカルなお店。
14時近いためかお客さんは誰もいない。人のよさそうな店主と、奥さん、子供たち。
そして、若いお姉さんが一人。
メニューを見ながら、
カオ・ラウ 15,000 と飲み物を注文。
日本の伊勢うどんがルーツ、日本人が伝えたとされる米製の麺に、
甘めのタレで味付けしたお肉が乗っていて、かなり美味。
うん、いけるいける・・・
と、そこで、店主と家族がオートバイで出かけてしまう。
振り返ってみると、若い美人のお姉さんが、
客用テーブルに両足をのせ、携帯をいじってる。
にっこり笑いかけてみたが、フンッとされる。
「じゃますんなよ」って感じ?
でもま、大満足のうちに、お勘定を頼む。
「30ダラー」
「えっ、カオラウと、飲み物で30,000ドン(約150円)のはずでは?」
「30ダラー」!
メニューをもう一度見せてもらうと
カオラウ、飲み物どちらも15,000とあるだけで
通貨単位がない。
あんまりもめるのもいやなので、仕方なく30ドル払う。(バカ!)
あとで知ったのだが、これはベトナムで外国人をだます際の常套手段だとか。
「,」を小数点と強引に押し切るのだ。店によっては「,」以下を表記していないことも多いので、
だまされやすい。
でも、なんだか、悔しいやら、情けないやら・・・・
たった3000円弱でこんな気持ちになるのも悲しいが、
なんともやりきれなくなって、その後の食事も買い物も全く楽しめない。
そして夕方。
もう一度その店の中をのぞいてみると、今度はご主人と、
中高生の娘さんがいる。この人はすごくまじめそう。
思い切って中に入り、
「私はさっき30ドル払ったんですが、間違いではありませんか?」と
聞いてみた。
娘さんは英語もわかるようで、本当に恐縮し、平あやまり、
ご主人が30ドルを返してくれた。
ありがとう。
例のお姉さんは、相変わらず定位置で、ふてくされていたけど。
取り返したこの30ドル、その後高地民族の小学校建設のために寄付させてもらった。
ああすっきり!
と、いう予定だったが、窓の外から聞こえてくるのは、おなじみスズメのおしゃべり。
もしや、ちょっとは珍しいスズメではと双眼鏡でチェックするが、どこから、どう見ても、日本で見るあのスズメだ。
レストランでビィッフェ式朝食。ほとんどお客さんがいない。
もう9時だから、みんな終わってどこかへ出かけてしまったのだろうか?
ホテルで作っているのだろうか。様々な種類が揃ったパンがおいしい。
特にバケット。エキゾチックなフルーツやチーズで、充実した朝ご飯だ。
(もちろん、ビッフェにはローカルフードや、ハム、ベーコン類、卵類もいっぱい)
部屋に戻って荷物を整理。さっそく、「プライベートビーチ」なるものに
行ってみよう。
あれ、ここにも誰もいない。
時々現地の人が珍しそうに寄ってくるだけ。
野鳥も、やっぱりスズメとツバメだけ。
部屋で一休み。
13時。
さて、いよいよ、シャトルバスでホイアンの街へ。
が、玄関前にはそれらしい車がいない。
あれあれ?
ボーイさんに聞いてみると、
次は13時です。と、腕時計を見せてくれる。
あれ、今11時だ!
iPhoneで時刻を、ベトナム時間に合わせたつもりが
なぜか戻ってしまい(その後もずっと)
私は、今朝からすべて2時前倒しで行動してたんだ。
どうりで、レストランもビーチもがらがらだ。
なんと、間抜けな・・・・・
で、仕切り直して、ほんとの13時。
シャトルバスで、ビーチから、ホイアンの街へと出かけた。
気温は35℃以上。湿度もすごい。歩くだけでもめまいがしてくる。
お腹もぺこぺこ。
まずは、ランチ。あ、あのお店は、ガイドブックに載っていた。
「名物カオ・ラウがおいしいと、地元でも評判の店。百数十年前の建物を改装した店で・・・」
もう、ほんとに昭和30年代、日本の田舎にあったような、ローカルなお店。
14時近いためかお客さんは誰もいない。人のよさそうな店主と、奥さん、子供たち。
そして、若いお姉さんが一人。
メニューを見ながら、
カオ・ラウ 15,000 と飲み物を注文。
日本の伊勢うどんがルーツ、日本人が伝えたとされる米製の麺に、
うん、いけるいける・・・
と、そこで、店主と家族がオートバイで出かけてしまう。
振り返ってみると、若い美人のお姉さんが、
客用テーブルに両足をのせ、携帯をいじってる。
にっこり笑いかけてみたが、フンッとされる。
「じゃますんなよ」って感じ?
でもま、大満足のうちに、お勘定を頼む。
「30ダラー」
「えっ、カオラウと、飲み物で30,000ドン(約150円)のはずでは?」
「30ダラー」!
メニューをもう一度見せてもらうと
カオラウ、飲み物どちらも15,000とあるだけで
通貨単位がない。
あんまりもめるのもいやなので、仕方なく30ドル払う。(バカ!)
あとで知ったのだが、これはベトナムで外国人をだます際の常套手段だとか。
「,」を小数点と強引に押し切るのだ。店によっては「,」以下を表記していないことも多いので、
だまされやすい。
でも、なんだか、悔しいやら、情けないやら・・・・
たった3000円弱でこんな気持ちになるのも悲しいが、
なんともやりきれなくなって、その後の食事も買い物も全く楽しめない。
そして夕方。
もう一度その店の中をのぞいてみると、今度はご主人と、
中高生の娘さんがいる。この人はすごくまじめそう。
思い切って中に入り、
「私はさっき30ドル払ったんですが、間違いではありませんか?」と
聞いてみた。
娘さんは英語もわかるようで、本当に恐縮し、平あやまり、
ご主人が30ドルを返してくれた。
ありがとう。
例のお姉さんは、相変わらず定位置で、ふてくされていたけど。
取り返したこの30ドル、その後高地民族の小学校建設のために寄付させてもらった。
ああすっきり!
2010年6月2日水曜日
ベトナム& ラオス旅行5 ホイアン 海辺のリゾートホテル(か?)
さて、タクシーは無事海辺のホテルについた。
リゾート気分満点の、ビーチサイトのホテル。
のはずだが・・・・・
海辺には海の家のようなオープンな店がずらっと列なり、
あたりは家族連れや、若者のオートバイでいっぱい。
景気づけなのか、お約束なのか、ピロピロピロ〜、ビービービー警笛ならして、音楽かけてお祭り騒ぎ。
夕涼みを兼ねて、海辺へ遊びに来ているらしい。
いや、その賑やかなこと。
ホテルと海との間に道路があって、そこがお祭り状態なんだから
ホテルの敷地内も、かなり騒々しい。
私がネットで取った部屋は
「Deluxe Garden View」。
3泊で$273 。支払ったときのレートで26,467円。この部屋しか取れなかった。
部屋に通される。まあ、GardenはViewできなくもないが、それ、本当にGardenか?
すぐ脇がピロピロピロ〜とか、ビービービーで、これじゃ東京の自宅兼事務所より疲れそう。
この部屋に3泊しても、とうていリラックスできないので
すぐフロントへ行って、リバービューの部屋に変えてもらう。
海の反対側には広い川が流れていて、ベトナムらしい風情だった。
1泊$15アップ。まあしかたない。1$91円ぐらいに下がっていたのがうれしい。
ああ、お腹がすいた。
さっそくレストランへ出向いて、
ホイアン名物ホワイトローズ&ベトナムビール。
ふと気づけば、音もなく灯籠が流れ、ホイアンムード満点!
とりあえず、成田からベトナムホイアンまで。
ひとりで何とかたどり着いた。
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